Perfume、天才音楽P・中田ヤスタカとの出会いが転機 レコーディング指示に「悔しくて泣いた」「ゲームみたいな楽曲で戸惑いました」

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11日放送の日本テレビ系「行列のできる相談所」

(日曜後9・00)に出演。ブレークまでの道のりを振り返った。

1998年、小学4年生だったあ~ちゃんとかしゆかは、芸能スクールの体験レッスンで出会った。その後、別のスクールで再会。発表会に参加するため、同い年のメンバーを入れて、ぱふゅ~むを結成した。しかし、そのメンバーが脱退することに。代わりに加入したのが、のっちで、2001年に現体制のPerfumeとなった。

デビュー当時は、現在と異なりアイドル路線。インストアライブを開催しても観客はたったの数人で、03年に上京しても日の目を見ず。そんな下積みを重ねる中、転機が訪れる。天才音楽プロデューサー・中田ヤスタカとの出会いだった。中田は当時23歳。「テクノの業界では若くて。ナメて見られたくないから老けづくりしてた。物静かで怖いプロデューサーって感じ」と、かしゆかは振り返った。

レコーディングでは、中田から、感情を入れずしゃべるように歌うよう指示が。「アフターズスクールで培ってきたものを否定されたような気がして、悔しくてみんなで泣きました」と、のっち。かしゆかも「ゲームみたいな楽曲で凄く戸惑いました」と困惑した。

しかし、この中田の作戦が功を奏した。歌手の木村カエラがPerfumeに注目するようになり、人気曲「チョコレイト・ディスコ」を自身のラジオで流し続けた。それをCMプロデューサーが聴き、Perfumeの楽曲をCM曲に抜てき。反響を呼び、ワンマンライブを開催すれば、観客数人時代から一転して満員に。地上波冠番組もスタートするなど、Perfumeは大ブレークを果たした。

 

引用元: ・Perfume、天才音楽P・中田ヤスタカとの出会いが転機 レコーディング指示に「悔しくて泣いた」「ゲームみたいな楽曲で戸惑いました」 [muffin★]

2: 名無しさん@恐縮です
平成のTKというにはショボイか

 

6: 名無しさん@恐縮です
>>2
音楽の才能なら小室よりはずっとある
音楽を金儲けの道具にする才能なら小室に敵わないが

 

3: 名無しさん@恐縮です
アフターズスクール

アクターズスクール

 

8: 名無しさん@恐縮です
AKBとどっちがすごいの?

 

9: 名無しさん@恐縮です
パッパラー河合じゃなかったっけ

 

21: 名無しさん@恐縮です
ヤスタカのボカロって感じ?

 

コメント

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